2025/04/12 10:33

2006年に初めてカナダ・ユーコン準州を訪れた時の話は以前に触れましたが、ケタ外れの大地に身を置くと五感が研ぎ澄まされていきます。あの日以来、僕はすっかりユーコンの虜になってしまいました。
ある年、ひとりでツンドラの大地に分け入りキャンプ生活を満喫しました。連日うだるような暑さが続く日本を発ったのは5月25日、バンクーバーを経由してホワイトホースに到着しました。気温は10℃前後、夜にはそれなりの準備をしていないと寒さを感じるほどです。この季節、短い夏は終わりを告げ、駆け足で冬がやってきます。大地を覆うウラシマツツジやドワーフバーチが徐々に色づき、ある日一斉に真っ赤に変わります。その期間は僅か2~3日といわれています。

目指すはトゥームストーン準州国立公園。何度も登場しているお気に入りの場所です。特にビューポイントから見る風景は完璧で、左右から交互に伸びる尾根の中央をノースクロンダイク川が流れ、最深部にモノリスの切り立った岩山が聳える。何時間見ていても飽きない景色です。今回の主目的は、この場所の最高の紅葉を見ることです。

トゥームストーン準州国立公園の最深部へ分け入ろう。公園内には整備されたキャンプサイトが幾つかあり、トイレも設置してあります。4ヶ所のキャンプサイトは限りがあるので、シーズン中は全て予約制です。この季節に訪れるビジターは、殆ど居ませんが・・・
パックパックにテントとシェラフなどの最小限のキャンプ道具を詰め込み、食料はビジターセンターで借りたベアキャニスター(硬質プラスチックでできた食料保管ケース)に入れ、夜はテントから離れた場所に置いて休みます。準備を整え出発したのは夕方でした。途中から雨が降り始め、最初のピークの岩陰にテントを張って就寝。

翌日は峠を越えてディバイドレイクへ。峠を越える時、道を間違え崩れやすい急斜面を降りる羽目になってしまいました(かなりやばかった)。ここまで来ると周囲には誰もいません。

翌日は周囲をトレッキング。お気に入りのビューポイントから見た景色を、このときは逆方向から見ています。
暫く歩いたところで、グリズリーの糞を発見。それもみずみずしく新鮮です。それは、まだ近くにグリズリーがいることを意味します。周囲を注意深く見渡し、安全を再確認。ブッシュを避けて、熊ベルなどで物音をたてながら早歩きでテントに逃げ帰りました。また雨が降り始め、小さな物音にもビビリながら長く不安な夜を過ごしたのでした。
どうやら夜のうちに雨は雪になり、山頂付近は真っ白な雪景色に変わった。この寒さのせいか、周囲の低木の色は心なしか変化しています。見晴らしの良い場所に出て、ビューポイント方向を観察すると、間違いなく赤みが増している。最高の紅葉が見られるタイミング到来か!
どうやら夜のうちに雨は雪になり、山頂付近は真っ白な雪景色に変わった。この寒さのせいか、周囲の低木の色は心なしか変化しています。見晴らしの良い場所に出て、ビューポイント方向を観察すると、間違いなく赤みが増している。最高の紅葉が見られるタイミング到来か!
そう考えたら居ても立っても居られない、「戻ろう!」
3日間掛けて来た道を急ぎます。帰り道は水を消費した分だけ荷物はかなり軽い。アップダウンのある尾根線上の道を避け、川に沿ったトレイルを選択した。これが大失敗。石を積んだ道しるべがあるのだが、ブッシュに囲まれ何度もトレイルを見失う。何度も転び、カーボン製のトレッキングポールを折り、最後はヘッドランプを頼りに食事抜きで14時間。這々の体でスタート地点に舞い戻りました。
翌朝、借りていたベアキャニスターをビジターセンターに返却しに行くと、既に閉鎖されていてスタッフは冬の準備をしていた。ビジターの姿もなく、数日前までの賑わいはどこにもありません。
お気に入りのビューポイントに出かけてみた。低木や地衣類が赤やオレンジ色に変わり、まるで映画のワンシーンのようだ。その中に分け入ると、フカフカの地衣類に足が沈み、オレンジ色の絨毯の上を歩いているようだ。
2週間、ほぼ毎日この景色を見続けてきたが、最高の一日、最高の一瞬に出会うことができた。今、この景色の中にいるのは自分だけ。なんという贅沢な瞬間、至福の時を満喫しました。
疑い深い僕は、念のため翌日も同じ場所にいた。しかし昨日のような輝きはなく、最高の一瞬が終わったことを実感した。
どこまでも続く手付かずの原野。何もないユーコンの大地は、僕には宝箱のように思える。それは完璧に整えられた遊び場ではなく、自由な発想で遊び方を見つけることができる場所。真っ白なキャンバスに自分の絵を描いていくような、ときめきや緊張感で溢れている。